レポート

【開催報告】コミュニティづくりにスポーツを!まとめて面倒みましょう多様性と一体感

石井邦知

4月26日(金)に【スポーツを地域のエンジンにする作戦会議】の共著者である有山篤利氏と高松平藏氏をゲストにお迎えしオンライン鼎談を開催しました!

今回はその開催報告をさせていただきます。(約30名の方にご参加いただきました)

全体の流れとしては、
石井が【スポーツが地域コミュニティ作りにつながる理由とは?】というテーマで
有山氏が【どうもおかしい?「部活の地域移行」という課題設定】というテーマで
高松氏が【地域コミュニティはなぜ必要なのか?】というテーマで
それぞれ話題提供し、随時チャットでいただいた質問に回答したり、最後には対話型で何名かの方に入っていただきました。

個人の知り合いとしては、

・私が主催しているフットサルや体力測定に参加されたことがある方
・総合型地域スポーツクラブに携わっている方
・Jリーグクラブの社会連携担当の方
・佐賀で地域おこし協力隊の制度も活用しながら、スポーツまちづくりを推進できないかと模索中の方
・コミュニティビジネスサポート推進組織に属している方
・元々建築士からスポーツの世界に飛び込んだ方
・大学の専攻の1年先輩で、お子さんを通じてスポーツ少年団に携わられている方

などにご参加いただきましたが、

「深みのある話が多く、何度も考えさせられました。有山さんと高松さんの共著本を読みたいと思いました。」

「有意義な時間に参加できたこと、とても幸せでした。」

といった感想をいただけて何よりです。

(参考)高松氏の終了後の開催報告です
簡単にまとめると、「自己決定で行動する・関わる」ことが一貫した主題になったと思う。
https://www.facebook.com/interlocaljournal/posts/953741360093275

個人的には、鼎談をするからには、実際のアクションにつなげていただくためのきっかけになればと思っていましたが、特に印象的だったことをまとめると下記の3つになります。(自分自身のコメントしやすい内容に偏りが生じている点はご容赦ください)

1.海外(今回はドイツ)と比較すると、表現方法の問題点も見えてくる

著書でも、日本は
・スポーツ=習い事(教えてもらうもの)という認識が強い
・スポーツはオンの活動?オフの活動?/「部活動を引退する」という言葉の違和感
といった話題が取り上げられていますが、

チャットでは、下記のようなコメントをしていただいた方もいらっしゃって、大変共感いたしました。

部活動に代わる地域クラブは「受益者負担が原則」とスポーツ庁も示しているのですが、「受益者」という表現がまさにサービスの受け手というニュアンスだなあと感じています。一人一人が「会費」を払いながら自主的にクラブを運営していくという発想が日本には欠けていますね。

以前、経産省の【地域×スポーツクラブ産業研究会】の中で、「サービス業としての地域スポーツクラブ」と謳われていて、自立経営の方向性として近しさは感じていたものの、サービスとコミュニティは異なるという視点からいくと真逆の方向にいってしまっていると考え直しました。(省庁の立場的に仕方がないのかもしれませんが、成長産業としてスポーツをとらえている)

一方、内閣府の事業では、【包摂的コミュニティプラットフォームの構築】が課題テーマとして設定されていますが、そのあたりからも、スポーツとコミュニティづくりがなかなかリンクできていないのかなというのを痛感します。

※上記の関係者も高松氏にご紹介いただきました

2.現場の声や新しい方向性の芽となるようなアイデア

改めてチャットでは様々なコメントをいただきました。

例えば、現場で壁にぶちあたっているようなコメントの例

中学校の部活動だけではなく小学校の社会体育団体も競技志向で小学生が忙しくて困っています。

⇒ちなみに、こちらに関する事例としては、幣コミュニティにオンライン鼎談の翌日にも下記のような方にご参加いただきましたので、各地で起こっているのだと思われます。
「小学生の息子はバドミントンチームに在籍中ですが厳しい練習の中でバドミントンの楽しさを忘れてしまったようです。こちらのクラブでは楽しくゲームができるとお聞きし、参加をとても楽しみにしています。」

私の子供が参加しているスポーツ少年団の育成会などでも民主的な議論ができればよいのに、運営の話し合いもなかなかうまくいかない。
一緒に集まって「ささえる」メンバーシップというところ、個々が自立して議論に参加がしているか、というところができていないように感じます。
ドイツなど諸外国との差はありそうに感じます。

地方でスポーツでまちづくり事業を推進しています。
スポーツに関する議論が、学校と行政、スポーツ関係者の中だけで実施されているのが残念です。
女性やスポーツが苦手な人が入っていく余地はありません。
お話しているようなスポーツコミュニティを作るためには、何重もの出る杭を突き抜けなければいけない気がしています。
特に女の子が楽しめるスポーツ環境は地方では極めて限られています。

なかなかぶち当たっている壁をすぐに突破するような解決策は見いだせないものの、
「期待にそえる回答にはならないかもしれませんが、自分達の総合型クラブの場合は、ひたすら想いを少しでも共感できる団体や人たちと連携することをしていきました。そこからから少しずつ大きな動きに広がったように思います!」
といったコメントを寄せていただいたり、

下記のような、新しい方向性の芽となるようなアイデアコメントも印象的でした。(簡単ではないですが、詰まるところ意識改革ですね)

スポーツを通した育成像に関して、ストレスに強い、上下関係に強い以外の育成像がつくれるといいですね。
例えば主体性が高い、自ら考えて動くなど。

スポーツ=厳しい世界、だから勉学を疎かにしないように、なんて言い方もされますよね。
生活をより豊かにするためのもの、という意識変革が必要だと思います。

一つの競技やチームに専念する方が良し、とされる意識も変えていかないとですね。
働き方で、複業が当たり前に変わってきたプロセスがヒントになるのかもしれません。

部活は教育課程外なので、教育課程内にそのようなカリキュラムが必要だということだと思います。

3.自己決定で行動する・関わる

こちらは高松氏のまとめにも記載されていた内容になりますが、

日本社会全体が、「受け身」であることが当然になっているように思えます。それをどう「主体的」に「能動的」になるか。その仕組みをどう作るかが課題だと思います。

といただいたコメントにも同感でしたし、

「自主性と主体性は異なる」というフレーズも印象的でした。

また幣コミュニティで、指導者を設置しない・セルフジャッジ(審判を置かない)・大会に出ないといった方向性を示し、主体性を育めるような仕掛けはとりつつも、うまくいっていないことだらけということを改めて痛感しました。

例えば、こんな事例があります。

・全体的に参加の間口が広がり、多様性のあるコミュニティになりつつも、全ての人にとってハードルが低くなっているかと言えば必ずしもそうとは言えない
・「(具体的な種目を挙げて)新しい種目を開催してほしい」「平日開催を増やしてほしい」などの声に応じて、活動を広げてはきたが、意見するだけの方が多いのも事実(平日開催してほしいと言った人が実際は平日に来ていないなど)
・「野球やラグビーで人数が足りないなら、その人数に合わせたやり方でやればいいのでは」という話に共通するところで、特に平日の夜に関しては、バレーボールで12人揃わない時もあって、そういう状況で中にはトーンダウンする人がいるというのが現状である。(少ないなら行かないみたいな人もいる)
・4種目実施している中で複数種目を楽しんでいる人はほんの一握り
など。

日本人気質と言えばそうなのかもしれませんし、変化を起こすことの難しさは10年以上続けてきて身に染みて感じてはいますが、、
人数が多かろうと少なかろうと、レベルが高かろうと低かろうと、状況に合わせて柔軟に楽しみ方を変えられる=主体的に楽しみ方を創造できる人を増やしていきたいという思いを改めて強くもちました!

ひとまず開催報告は以上となりますが、補足として、終了後の有山氏と高松氏のコメントの一部もシェアさせていただきます。

有山氏
「余暇」とか「遊ぶ(楽しむ)」というのが、「生きる」ということに直結し、生活を豊かにすることに直結する時代だと思います。それが働き方改革の行く先ではないでしょうか。決して、時短や残業だけの問題ではないと思うんです。

高松氏
21世紀は自分たちで議論を重ね、社会をつくっていく時代。地域は、もっとも「参加」しやすいところです。そういう時代にスポーツは一役も二役も買うと思います。講演会で視野が広がりモチベーションが高まればとても嬉しいです。スポーツを学校の枠組みの議論にしておくのは勿体無いというものです。

最後に改めて、【スポーツを地域のエンジンにする作戦会議】の一読をお薦めしますし、今回短時間ではありましたが、共有できた考え方の輪を今後さらに広げていけたら幸いに思っています。