レポート

映画「バンクーバーの朝日」から学ぶスポーツコミュニティの存在意義

深谷 友紀(こむすぽ編集部)

20150115

「バンクーバーの朝日」公式サイトへ

 

単なるスポーツ感動ものではない

野球チームが活躍するさわやかな映画と想像して観た映画「バンクーバーの朝日」。観おわったいま、スポーツの新しい価値を広めるべく活動している「こむすぽ」の編集部員として、非常に考えさせられる作品だった。

あらすじは、カナダに移民した日本人がカナダ人(白人)から差別を受け、苦しい生活をおくる中、日系2世からによる野球チーム「朝日軍」が独特なプレースタイルで快進撃を続ける。日系移民にとっての希望の光である彼らに、現地の白人たちも魅了されていくという物語だ。

本作を観て学んだことは、スポーツが「差別」という壁を乗り越えるきっかけになり、人と人とをつなげる役割を担えるということ。当たり前かもしれないが、非常に重要な、忘れてはいけない原点である。

本作で当初、日系人を差別的な意識で見ていた白人たちも、朝日軍の素晴らしいプレーや快進撃を目の当たりにし、受け入れるどころかファンになっていく。差別がまったくなくなって終わるわけではないが、歩み寄りのきっかけになったことは間違いない。これは何も、差別する側―される側の間にだけ言えることではない。本作で朝日軍の活躍は、日系人同士のつながりを強くし、コミュニティの団結力も高めている。

 

自分が住む地域に、自分も一緒にスポーツできる場があること

そこであらためて思うことは、総合型地域スポーツクラブ(総合型スポーツクラブ)の可能性の大きさだ。

本作の構図は、地域にスポーツチームが存在して、それを住民たちが応援するというものだ。だが総合型スポーツクラブは、ただ応援するだけでなく、住民たちが一緒にスポーツをする、汗を流す機会をつくろうというもの。応援する側とされる側に分かれるのではなく、一緒にプレーし、時に応援する側が応援される側にまわり、その逆もある。

いいかえれば、総合型スポーツクラブは、参加意識、自分も一員であるという思いを強くさせる存在ということだ。その意味において、地域にスポーツチームがあること以上に、その住民の意識を、地域を、社会をかえうる可能性をひめているのではないかと思う。

石井こむすぽ編集長は、総合型スポーツクラブの主宰もしており、その縁もあって自分もときおり活動にはかかわっている。あらためてスポーツの持つ可能性、総合型スポーツクラブの意義を感じたいま、これまで以上に積極的にかかわっていきたいと思っている。